■ 私の秘かな楽しみ
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2007年08月30日
ザ・チェッカーズ
1984年『涙のリクエスト』なるヒット曲をもって一躍アイドルになったザ・チェッカーズ。そういや今時のグループは「ザ」なんて頭につけませんが、チェッカーズが世に出た時代にはまだ「ザ」付きが多かったです。もっともチェッカーズの場合、いつのまにか取れましたが。 そして『涙のリクエスト』がヒットしたことをきっかけに、続く『哀しくてジェラシー』、さらに前年の9月にリリースしてまったく売れなかったデビュー曲『ギザギザハートの子守歌』まで売れてしまう始末。3曲同時にベストテン入りしてしまい、他の歌手の恨みを買った・・・かどうかは知りません。しかし、なぜにそこまで売れたのか?というのを今更ながらに考えてみると、第1は郁弥のルックスでしょう(売野・芹澤コンビの名曲のため、ってのも当然ですが)。だって、中には尚之やトールのファン、あるいはユージのファンなんて渋い女の子もいましたが、大多数は郁弥のファンだったもんなぁ。
次に、チェックの柄のものを着るとか、「オシャレ」をキーワードにするとか、ファッション性が高かったこと。郁弥のあの前髪を垂らした髪型が流行し「目が悪くなるからヤメなさい!」と世のお母さんを怒らせたりもしました。なんせ、ひょうきんベストテンのニセ郁弥は前髪引きずってましたし(笑)。
「追っかけ見てて、オレら(=チェッカーズ)のファンの子がおシャレだとやっぱ嬉しいよね」
なんて感じのことものたまっておられました、当時の郁弥さま。その言葉に踊らされた女の子たちが流行を追いかけ、チェッカーズが通う美容院はたちまち有名になり(たしか45R.P.Mとかいうお店だったと思う。今あんのか?)郁弥が耳につけてるアクセサリーが売れ(新品の靴下買ったら付いてる金具と似たようなのなんだけどね)郁弥が藤谷美和子がイイと言えば藤谷美和子のマネをし、果ては「たぬきでもいい」とか言い出しちゃったわけです。もっとも、『神様ヘルプ』でフミヤがかけていたおばさんパーマが日本中の女の子に大流行した、という話は聞かなかったので、全国的なブームはあの映画あたりを境にひと段落したのかなと。
そんな郁弥病のお姉さま方も、今は主婦とかになって、たまにフミヤの個展やコンサートに行っちゃったりするんでしょうね。私?私は小学生だったので、チェックの服を着るだけでしたよ。といいつつ、なぜかあの映画のビデオを持っている。見直す勇気はないけど。
いや、小道具とかビジュアル的にはすごく凝っててイイ映画なんですよ・・・って、誰に向かって弁解しているのやら。さて、話を元に戻しますと、最初の3曲がヒットした後リリースされたのは意外や意外、バラードの『星屑のステージ』でした。しかも、衣裳はチェックじゃないし。しかしその『星屑のステージ』もヒットし、チェッカーズの人気は不動のものという感じが非常にいたしました。同時期にリリースされたファーストアルバム『絶対!チェッカーズ』はなかなかの名盤。異色の『ガチョウの物語』や名曲『ムーンライトレヴュー・50's』含む。ちなみに『危険なラブ・モーション』は伊藤麻衣子の『感激!ラブモーション』の本歌(笑)。
私は密かに『HE ME TWO』(by マサハル)も好きでしたね。以降、アルバムにはずっとサイドヴォーカルの2人の作品が1曲ずつ入ってます。マサハルでは『サマーガーデン』(これはアルバムじゃなく「哀しくてジェラシー」のB面)。モクでは『GO INTO THE WHOLE』が好きですかね、私は。年末の『ジュリアに傷心』で5曲連続ヒット。さらにセカンドアルバム『もっと!チェッカーズ』をリリース。これにはナオユキ初ヴォーカルの名曲『Lonely Soldier』や『24時間のキッス』、「うちの子にかぎって2」主題歌『ティーンエイジ・ドリーマー』などが収録されております。
年末はもちろん紅白に初登場し、涙のリクエストを熱唱しました。そのときかぶってた帽子のカタチが変だとかなんとか、年明けの学校で話題になった方も多いのでは・・・。全然関係ないですが、この年のレコード大賞は「長良川艶歌」by五木ひろし。その後、明菜が2年続けてとったことは覚えてますが、それ以降はぐちゃぐちゃ。演歌リストラとか言われている昨今ですが、私にとって「長良川艶歌」は最後の権威あるレコ大受賞曲!って感じがして印象深いです。昨年(99年)の紅白では、ぜひとも五木ひろしにこの曲を歌ってほしかった。「そして・・・めぐり逢い」でもいいけど。あの頃、演歌は強かった。話が脱線しました。
年明けて『あの娘とスキャンダル』、そして初主演映画。さらに『俺たちのロカビリーナイト』をリリース。この『俺たちのロカビリーナイト』、曲は悪くないんだけど若干暗い感じがします。その後リリースされたサードアルバム『毎日チェッカーズ』もそう。全体的に暗かった。なんせ『クレイジーパラダイスへようこそ』には幽霊の声が入ってるとか言われたくらいですし(関係ないって?)。このアルバムの中で一番のお薦めは『Marry Me Tomorrow』でしょうね。これも曲の内容は暗いが・・・
両A面の12インチ・シングル(流行ってましたしね!)を経て、問題の『神様ヘルプ!』。「ヘルプ!」と何回叫ぶかということも注目ですが、あの、郁弥の髪型(笑)。・・・まぁいいか。ちなみにB面の『ひとりじゃいられない』はチェッカーズB面セレクションに必ず入れたい名曲。そのほか1985年末は「CUTE BEAT CLUB BAND」なんていう企画ものもありました。で、86年に入って『OH! POPSTAR』、4枚目のアルバム『FLOWER』、そして『Song for U.S.A』(同名映画あり)を最後に売野・芹澤コンビと別離。でも『Song for U.S.A』のサントラはいい曲多いですよ。今でもたまに聴いたりするくらい。
で、新生チェッカーズの第1弾シングルがNHK放送禁止で話題を呼んだ『NANA』。アルバムが5枚目の『GO』。新生って、別にメンバーチェンジがあったわけでもないんですが、そう呼びたくなるほど気合いの入った出来に感じました。今でも、チェッカーズの「この1枚」なら『GO』。もちろん、その後も解散するまで(って、ずいぶん飛ぶな、話が)けっこうクオリティの高い作品を作ってたと思います。『OOPS』もいいぞ。
ただ、小学4年で『涙のリクエスト』に魅せられた私も、解散コンサートの頃には大学受験が迫ってまして「そっかぁ、解散すんのかぁ」という感じでした。
活動の末期にはアイドルの時代が終わっていたことと、非ジャニーズのバンドということで今ではあまり「80年代を代表するアイドル!」というときに名前が挙がらないですが、1984~85年頃のチェッカーズは(その少し後の)光GENJIをしのぐ存在だったと思うんですけどね。
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投稿者: 日時: 2007年08月30日 21:21 | パーマリンク |TOPページへ ▲画面上へ
ザ・チェッカーズを最後までお読下さいましてありがとうございます。
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